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2014年6月26日 インタビュー

黒澤 このみさん

黒沢このみ

プロフィール(1986年会津坂下町生)現在NPOの職員として勤務するかたわら、民謡の若手の歌い手としても活躍しています。

オフィシャルホームページ http://konomikurosawa.webnode.jp

聞き手:江川和弥

 

江川:いじめを受けていた小学生の時どんな事をされましたか?

 

黒澤:もの静かな、読書が好きな子でした。具体的には消しゴムの「カス」を頭にかけられて、みんなから「汚い、ふけついている」とか、背中を鉛筆でさされたりとかしました。あまり友達がいなかったので「遊ぼうよ」と誘われてついてゆくと「かくれんぼするから、このみちゃん鬼ね」と言われ、ずっとみんなを探していたら、昼休みが終わってしまって、みんな教室にいた。という事もありました。

 

江川:自分はいじめを受けているかもしれない。どうもおかしいなと感じたのはいつぐらいからですか?

黒澤:今まで、話をしてくれていた人たちが話をしなくなり、すこしづつ、はなれていって、背中を鉛筆で刺されるようになってからは嫌だなという思いしかなかったです。

 

江川:「嫌だと思った時」は周りの友達に話をしましたか?

黒澤:言わなかったです。言えなかったという方が正しいかもしれないです。

「嫌だと言えなかった。やめてといえなかった」それは恥ずかしかったからです。いじめられている事が、友達がいないと言えなかった「かっこわるい」。

自分の中で、「生きたここちがしない」という事があり、自分で生きている事を確認するために、自分の手をコンパスの針で刺したりしていました。

 

江川:中学校に行って何とかなると思いましたか?

黒澤:親がいじめに気がつき、「あんたが強くならなきゃ」と言われた時は、どうやって強くなれば良いのかわかりませんでした。私をいじめていた主要なメンバーがほかの中学校にゆくと知った時には、自分でも良かったと思いました。

実際中学校に行って、すごく仲のいい友達ができました。それが心の支えになっていました。友達がいると、それだけで心の支えになるんですよ。

 その子が学校では、人気がある子で、周りは「あの子がなぜあの子と仲良くしているの?」というやっかみみたいなものはありました。いい人でした。

 

江川:いじめる側は、女子がいじめるのか?それとも男女問わないのか?それはどうですか?

黒澤:小学校は女の子も男の子も変わらないでいじめてきました。中学校も同じでした。いじめられていて、自分も悪い事をしているのではという疑心暗鬼にはなりました。それがい「いじめ」を他人に言えない「恥ずかしさ」になっていった原因です?

 中学校ではパソコンを覚えるので、ワードで書かれた「悪口」を(教室の中に)張られていました。先生は、当時は見て見ぬふり。実名ではなくて「毒キノコ」と呼ばれていました。先生はその事を知らなかったと思います。

 中学校では、ほかに不幸の手紙が下駄箱に何十通も入れられました。返しきれないくらいの数です。当時は真剣に考えて不幸になると落ち込みました。本当に、返しきれないんです。当時、本当に友達がいなくって、(誰であっても)話かけられるとうれしいんです。

 当時のいじめの首謀者の一人が「このみちゃんて好きな人いないの?」と言われて「〇〇くんが好きです」と周りの女の子の前でいったら、翌日「お前なんか嫌いだよ」という手紙が男の子から届いた事もありました。そんな事があっても学校には通っていましたが、保健室登校でした。(小学校のとき)

 親には何も言えませんでした。親には申し訳ない事をしている。恥ずかしいことしていると思っていました。お金を出してもらって(給食費や学級費など)後ろめたい気持ちもたくさんありました。

 中学校は普通に学校に行っていました。中学校の時は、嫌だなという思いよりも「バカげているな」と思っていましたから。高校の時は白い靴に「バカ、死ね、クソ、デブ」みたいな事が書かれている靴を平気で履いていました。

 お母さんが卒業式で、周りの子どもが楽しんでお互いに写真を撮っているのに、それに対して何も自分の娘が全くかやの外である事に、「あなたって本当に大変だったのね」と言ってくれました。お母さんがいじめを知ってからも基本的な態度は変えませんでした。

 中学校に行くと、いじめの標的がどんどん変わるんですよ。高校もそうです。いじめの主要グループの中で、対象である子どもがどんどん変わります。

 

江川;クラスの中で身分、順位はありましたか

黒澤:勉強ができるかできないかではなくて、レベルが「高い」か「低い」かというのがありました。私のレベルは、中学校では人気のある子と一緒にいたので、ちょっと高めにはいましたね。

 

江川:レベルが低い子というのは、どんな子ですか。

黒澤:おとなしめの子です。目立たないタイプの子です。今はそうでもないかもしれないですが、オタクっぽい子とかはレベルが低かった。スポーツができる子はレベルが高かったですね。顔がいい子も高かった。外見も含めてカッコいい子は高かった。

 クラスの順位については、気づいている子と気づいていない子がいるんじゃないですか?中学校ぐらいになると、階層化されたグループになっていて、文化部の子は文化部でいるようになります。

 

江川:学校の先生は子どものようすをわかっていますか?

黒澤:学校の先生はわかっていない。わからないようになっていて、グループ同士の関係ぐらいしか先生は、わかっていないですね。いくら生徒に先生が聞いても生徒が「あの子いじめられているよ」とは言わないですよね。「私、いじられていますという子もいないし、私いじめています」という子もいない。自分では言わないですよね。先生は、わからないようになっています。

 高校の担任は、一番心配してくれました。私の場合、他のクラスに自分の顔をつぶしたプリクラが張ってあって、それを見ていじめられているんじゃないかと心配してくれました。

 

江川:今になって思えば、いじめられていた事をどう思っていますか?

黒澤:今になって思えば、ありがたかったなと思っています。強くなった自分がいます。人からどう思われるかは、気にならなくなりました。小学校、中学校の6年間は一人になるのを非常に気にしました。「これを言ったら嫌われるとか?」「この日、遊びにいかなかったら嫌われる」とか、人への執着はものすごくなっていました。

 その時に母は、「友達なんてよってくるもんだよ」と言っていました。相手が判断してよってくると。実際その通りなんですがね。

 

江川:いまこの時、いじめられている子がいたらどんな言葉をかけたいですか?

黒澤:少し違う話になるかもしれませんが、高校の時にいじめられていた子がいたんですよ。その頃は、高校生でも携帯電話を持っていて、同じ携帯会社からだと非通知メールを送る事ができたんです。その子は携帯メールで「死ね」とか「消えろ」とかいうメールが大量に送られて来ていて、「耐えられない」という事で高校をやめました。私は、誰が彼女に大量にメールを送っているのかわかっていたんです。しかし、私はその子が「このみ」って言ってきた時に、シカトしちゃったんです。

 自分もいじめられていたので、その子と話をしたら次のいじめのターゲットは自分なのじゃないかと思って、シカトしたんです。その後、その子が高校をやめたので気になっていたんです。最近、その子の方から、私に声をかけてくれたので、気が楽になりましたね。

 いま「いじめ」られている子には、いま踏ん張れば後が楽になると言ってあげたいです。自分がいま「いじめ」られていたら、それは優しい言葉はかけて欲しいですけれど。しかし、実際、いじめられていた時に、親に「学校に行かなくていいよ」と言われていたら、今の自分はないと思います。

 

江川:「いじめ」ている側にはどんな言葉をかけたいですか?

 

黒澤:「おまえにもめぐり巡ってくるぞ」と言いたい。社会人になっても苦労はついてきますから。